彼女のスティック / ドラム短編小説:飛鳥編

彼女のスティック 小ネタ

急な引っ越しの準備は大変だ。
限られた時間の中で必要なものを選び取る作業。
ある意味人生の縮図なのかもしれない。

「お父さ〜ん、これどうする?」

娘のななみが階段を上って2階へとやってきた。

「押入れの奥からドラムスティックが出てきたんだけど、
 ママに聞いたらお父さんのだって。」

「ああ、それか。昔もらったんだよ。」


ある日の放課後、
学校の廊下を歩いていると、
音楽室からなにやら聞こえてきた。
ドラムの音だ。

規則正しく漂う音に、
好奇心を刺激され、
僕は音楽室のドアを少し開け、
その隙間からそっと覗いた。

誰かがドラムを叩いてる。
女の子だ。
長い黒髪に隠れて顔は見えない。
しなやかな細い腕からくり出される
力強いリズムに心を奪われ、
僕は、しばらく眺めていた。

次の瞬間、
手で押さえていたドアノブが滑って
急にドアが開いてしまった。

「誰?」

気がつくとその子がこちらをみていた。
僕は急に覗いていたのがバレた事に、
バツの悪さを感じながら顔を上げた。

見覚えのある顔だ。
たしか3日前に僕のクラスに転校してきた。。

「ごめん、なんかかっこよくって、つい、、
 たしかB組に転校してきた子だよね?僕、保志雄。」

「あたし、飛鳥。音楽好きなの?」

「いや、やった事ないけど、かっこいいなあとは思ってる。」

「叩いてみる?ドラム?」

「えっ?無理だよ!!」

「だいじょうぶ、棒振るだけだから。はい!」

僕は彼女のスティックを受け取り、
ドラムに向かって腕を振り下ろした。

バァーン!!

初めて鳴らしたドラムの音は、
僕の脳内に鳴り響き、
心地よい余韻とともに
どこかへ抜けていった。

「すごい!楽器ってすごいね!」

「でしょ?あたしね、楽器を弾いてる時がいっちばん、
 生きてる〜!って感じられるんだ。
 嫌なことがあっても全部どっかいっちゃうの。」

「なんか、、わかる気がするよ。」

それから僕らは放課後になると
音楽室に集まりドラムを叩いた。
彼女はいろんな技を知っていて、
毎回違う事を教えてくれた。

そんなある日、彼女が聞いてきた。

「ねえ、学期末の音楽の実技テスト、なにやるの?
 自由課題って先生言ってたやつ。」

「やっぱドラムかなあ。せっかくこうして練習してるし。」

「そう、、そうだよね。」

「え、どうしたの?」

「だって、、それだと一緒にできないじゃん。」

次の日いつものように音楽室に行くと、
ピアノの音が聞こえてきた。
ドアを開けると、グランドピアノに座った彼女が
こっちを向いて微笑んだ。

「あたしね、音楽のテスト、ピアノで受ける事にした。
 曲は何がいいかな?ブラックページとか?」

それから学期末までの間、
毎日集まっては練習し、
テストへ向けて着々と準備を進めていった。

そしていよいよ明日がテスト当日という日の朝、
いつものように学校に来たら彼女の姿が見当たらない。
するとホームルームで先生が言った。

「えー、みなさんにお知らせがあります。
 伊藤さんはおうちの都合で急にまた転校する事になりました。」

僕は頭の中が真っ白になった。
その日どんな授業があったのか、
どんなお昼を食べたのか、
友達とどんな会話をしたのか、
何も頭に入らず、ただ時を過ごしていた。

そうして放課後、
誰もいない音楽室に一人座っていると、
ドアが開いた。
そこには彼女が立っていた。

「お父さんの急な転勤で、明日の朝すぐに出なきゃいけなくって、
 今日はずっとその準備だったの。」

「そっか」

「ごめんね、ずっと一緒に練習して来たのに。」

「ううん、仕方ないよ。」

「ねえ、お願いがあるの。
 このスティック、受け取ってもらえないかな?」

「え、でもそれって飛鳥の大事な。。」

「いいの、受け取って欲しいの。
 ねえ、、、ありがとう。」

そう言って彼女は音楽室を出て行った。


「へぇ〜!お父さんにそんな過去があったんだ?やるじゃん!」

「まあ昔の話だよ。」

「私も転校したらドラム始めようかな。
 素敵な彼氏出来るかもしれないし。」

「だったらそのスティックあげるよ。」

「えー!もらえないよ!お父さんの大事なものじゃん!」

「いいんだよ。またお母さんにもらえばいいから。」

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